行動

今日も摂津の工場へ行って、炊き出しの資金を稼ごう〜と

広告を非表示にする

スクイックリンそんな簡単な武器ではない

スクイックリンそんな簡単な武器ではないしゆうて筆洗とか寿司とかに比べると少ないやろな

またまた寄越す犬、めくる夜1、2巻のばらあいこ感想2

はこんにちはー!のばらあいこ先生引きずっております。

受け二人、菊池くんと須藤さん

この二人は確実に幼少期の愛情不足ですよね。

菊池くんなんて、

新谷さんがくれる無償の愛みたいなのに

もうすべてまるごと預けちゃってますから。

ちょっと頼むからお母さん助けてあげてくれ、、

って、いっても、お母さんいないからこんなことになってるんでしょうけど。

印象的なシーン3つ

一巻での

訳あり不動産屋が菊池くんに対して放った

何がいいのか悪いのか普通なのかわからない子

っていうセリフがなんか胸に突き刺さっちゃったわ

スタンガンを手に入れた時の構図が

上の段は背景にお花飛んでるのに下に行くにつれて闇深くなってくコマ

佐治さんに組長殺しを依頼された時

新谷さんなら10年刑務所入っても待っててくれるって

菊池くんも思い込んでて、

でも私はいやー待ってくれないでしょ。って、

新谷さんは可哀想萌えだからね、またそういう人見つけたら男女問わず放って置けなくなって

きっとそういう女性と子供とか作って家族になってる気がするよ

菊池くんの、目の前のことしか考えられない思考が危なっかしすぎて見てられないんですが

何処にも逃げられないという、そういうのに押し潰されて目先のことしか考えられないのか?

菊池くん色子供すぎて甘すぎて

そういうところに悪い大人に付け込まれるんですよね。

そういう幼少期の愛情不足が

彼の芯をか細くふらふらにさせていて、

愛情を求めて彷徨っていて

新谷さんという菊池くん的に絶対的存在を見つけて

菊池くんの全てが新谷さんのため

みたいになってしまって

そんでもうあかん、

もう彼は新谷さんに別れを告げられたら

生きる意味を無くしてしまう

それか新谷さんの為なら命をも厭わなくなる

わたしの妄想で菊池くんに死フラグを立たせてしまいました

すみません。

とにもかくにも、

彼らのハッピーエンドってなに!??

と考えたのですが、やっぱり、

おかあさーーーんっ()

となるのが一番のハッピーエンドなんじやないですか??

妄想ノンストップなので

この辺で失礼させて頂きます()

お読みくださりましてありがとうございました!

317 南無阿弥陀仏 柳宋悦

--だからこう言い改めて良い。与えられているので求めるのだと。呼吸するために空気を求めるというより、空気があって呼吸するようになったと・・・「叩けよ、さらば開かれん」というが・・・開かれている扉を叩くに過ぎぬ--

文化庁発行の宗教年鑑を見ていて気づいたのですが、大きくは13とか18宗派とか言われる日本仏教において、信者数、拠点数とも浄土宗(系)が圧倒的です(シェア4割強)。

※H28年宗教年鑑:信者数、寺院数

仏教系合計 5200万人、7.5万

浄土宗系 2300万人、3.0万

日蓮宗系 1200万人、0.7万

真言宗系 900万人、1.2万

禅宗系 500万人、2.1万

天台宗系 300万人、0.5万

奈良仏教系 100万人、0.03万

理由を想像するに、やはり、教えの分かりやすさと行いのし易さに尽きるのではと感じます。

念仏さえ唱えていれば極楽浄土に行ける。

難しい理論は不要。

鎮護国家に意義があった奈良仏教、平安仏教は理論的で難解であり、体制側に鎮護が不要になるにつれ影響力を落としたことは頷けます。

禅も同じで、武家社会に受け入れられたことから鎌倉以降に隆盛しますが、考案や禅問答の難解さ、悟りの要諦は文字では伝わらないとの扱いにくさが信者離れに繋がったと思われます。ちなみに禅系の中でも、考案重視の臨済宗よりも、考案不要でひたすら坐禅を尊ぶ曹洞宗のほうが、庶民には受け入れられたそうです。ひたすら坐禅は「行い易く」はないですが、「分かりやすく」はあったのだと思います。

浄土系の次に信者が多いのは日蓮宗系。

これも、題目(南無妙法蓮華経)を唱えることが行いの本懐、と、「行い易い」。ただ、理論は奈良仏教華厳宗天台宗を継いでいることあり、教えは難しい。これが信者数や拠点数の点で、浄土系と明暗を分けた点ではないかと感じます。

阿弥陀仏さま、阿弥陀仏さま」と一心に唱えていれば、死期に阿弥陀仏が来迎し、極楽浄土に連れて行ってくれる。男女や貴賤の差別も無く、難しい行いも悟りも必要ない絶対他力。なぜなら阿弥陀仏さまは偉大で、誰は救う誰は救わないとの差別など卑小なことはしないから。

理論は分かりやすいし、行いはし易い。これなら確かに広まるだろうと。

「それって、ママー、ママー、と赤ちゃんが叫んだらママが来てくれる、っての一緒じゃないの?」

と、我が妻などは言うわけですが、確かに言いえて妙と感じます。

仏の愛と親の愛、かなり似ているように思います。

我が子ならば、凡人でも悪人でも病人でも性別不詳でも、その愛は変わらず何がどうでも助けます。ママ、パパ、と呼んでくれたら手を差し伸べますが、呼ばれる前からずっと見守っているわけです。

そう思うと、扉は叩く前から開かれていて、開かれた扉を叩くとの念仏思想、深く納得です。浄土宗系への理解と親しみが深まりました。

本著は情熱溢れる一冊で、その点でも単なる教書とは異なり、とてもよかったです。

さすが、岩波のこの一冊、です。

日本の「無子高齢化」は、政府が非常事態宣言を出すべき深刻度…

うちなんて、今や一子相伝状態で、うちの息子には兄弟はおろか、いとこすらいません。

はとこはいるが、遠い存在です。

我が山本家において、もし、息子が子孫を残さなければ、はい、それま〜で〜よ〜、です。

我が家で、兄弟をつくってあげられないでいるのは、経済的理由が大だが、いとこが一人もいない理由は、未婚、不妊からです。

おいらの妹は岩手に嫁いで行ったが、子供が出来ず、不妊治療をしても、結局子宝には恵まれなかった。

カミさんの兄(おいらにとって歳下の義理の兄)は今だ未婚。

後は遠くにいる、息子からみた、はとこ達。

いやあ、普段全く交流がありません。

ちなみに、すぐ近くに住んでるおいらの伯母さんも、いとこの姉妹(伯父さんの娘2人)も、みんな行かず後家。

1番上の伯母さんには娘(おいらのいとこ)がいて、結婚して子供(息子からみて、はとこ)がいるが、静岡なんで、法事の時くらいしか会う機会がありません。

カミさん側の親戚にも、息子からみて、はとこにあたる人達がいるにはいるが、皆遠くにいるんで、まーず、会うことがない。

おいらの母方の方にも、息子からみて、はとこにあたる連中がいるにはいるが、やはり遠い存在です。

そう、おいらの周りは正に無子高齢化な訳だけど、必ずしも経済的な理由からだけではないんだな、これが。

そう、それこそが、深刻な問題。

ウサギとカメの教訓はコツコツ頑張ればい

ウサギとカメの教訓はコツコツ頑張ればいつか報われるではなく能力のある者がサボらない限り能力の無い者が勝つ事は決してないだ。